「宗教者9条の会・大分」結成集会アピール
 

 昨年4月に「憲法調査会」の最終報告書が出され、衆・参両院の議決を経て、10月には自民党の「新憲法草案」が発表されました。「改憲」のための実質的な作業が、急ピッチで進められています。私たちはこのことに何よりも危倶を抱き、宗派を超え、宗教者の立場で平和憲法を守るため、広範な活動を始めることを宣言致します。

 明治維新以来の開国の歴史は、そのまま繰り返される戦争の歴史となり、数千万人の犠牲者を国の内外にもたらすとともに、深い影を落としたまま、太平洋戦争の敗北という形で終結することになりました。

 戦争で何もかもを失った私たちの国は、敗戦を機に「ふたたび過ちは犯しません」と誓い、戦争の終結を宣言し、世界平和の道しるべとなる「憲法9条」を獲得致しました。

 この憲法は「押しつけの憲法」という声もありますが、明治の開国以来の歴史の中で、戦火に傷つき、破壊され奪い尽くされてきた民衆の悲願が、憲法の三原則として成就したものだとも言えます。


 この度の「改憲」の動きに対して、宗教者が声を上げ連帯を求めるのは、「ふたたび過ちを犯してはならない」という懺悔の気持ちからであります。幕末から明治の初期にかけて、千を超える寺院が打ち壊され火を放たれ、教団そのものの危機が訪れました。文明開化という歴史の背後には、宗教者にとって新たな受難の歴史の始まりという側面がありました。国家と宗教の一体化ということが始まり、あらゆる宗教活動に制限が加えられ、教団自体も大きく変質して、戦争協力をしてきたのであります。

 勿論、国家の宗教介入に異を唱え、抵抗し投獄され、あるいは殉教した人も少なくありません。弾圧に与することなく、教団の解体も止むなしと判断した例外的な教団もありましたが、多くの宗教教団は、国家と宗教の一体化に飲み込まれ、宗教的生命を放棄することになりました。いわゆる翼賛体制のなかで戦争を美化することになったのであります。

 拭いきれない宗教界の戦争責任を思うとき、どのような名目をたてたとしても、戦争は罪悪であることを伝えることが宗教者の責務であり、戦禍に苦しみ悲しみあえぐ人々の姿に思いを馳せ、それらの人々と共に歩むのが宗教者の姿でありましょう。いま改めて・9条を守ることの一点を焦眉の課題として連帯を求め、「宗教者9条の会・大分」結成のアピールと致します。

2006年5月26日
「宗教者9条の会・大分」結成集会参加者一同