PKO(国連平和維持活動協力)法案がごり押しの形で強行採決された。
前回の通信の中で宮城先生が指摘された「平和という言葉のイメージの曖昧さ」が吟味されることのないまま、平和維持活動という名の海外派兵がなされることになってしまった。
今回の決定は、国際貢献という名の派兵であろうが「すべての人が平等に相和して生活する」という本来の姿から遥かにかけ離れた方向にあることは間違いのないことのように思えてならない。
「人的貢献」ということが、そのまま自衛隊の海外派遣に結び付けられ、「平和維持活動」という美名が、国民ひとり一人の「問う姿勢」を麻痺させてしまったのだと思う。
「この法案の議論の中に、自衛隊自身の身分・つまり本人の意志の確認もないまま派兵を余儀なくされるという暴挙が、この法案の底にある問題だ」と指摘されたのは和田先生である。
隊員に対する人権意識の欠如はそのまま派遣される国々の人々への人権意識の欠如につながるのだと思う。「かっての戦争で招集された時でも、それなりの私の選びがあった。その選択の余地すらないこの法案の議論は一体なんなのだ」という強い疑念を示されたが、このことも私共が常に考え続けて行かねばならないことなのかと思います。
「平和基金」の活動を始めて一年余り、湾岸戦争を引金に、日本は大きく変わって行こうとしているのだと思います。 日本にいればその変化は小さいものに見えるのかもわかりませんが、アジアの人々にとっては「平和憲法」そのものの崩壊を意味する戦後最大の政治選択だと写るのだと思います。そして“それは危惧だ”と誰が言い切れるのかということであります。
これまでに寄せられた“浄財”をカンボジアに送ることには多少のためらいもありましたが、「地雷を撤去するなら現地の人の手で」という提言も全く無視し、PKO採決の議論のみが推し進められる中、《派兵することではない・今こそ国民ひとり一人が、直接にアジアの人と向かい合うべきだ》の意味を込め、ボランティア活動を続けるNGO(非政府組織)に二百万円を拠出させて頂きました。
ご意見を頂戴すると共に、今後ともご支援ご協力を賜りますよう切にお願い申し上げご報告と致します。
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