総計
今日
昨日

第1回憲法って何ん?!
第2回ダグラス・ラミスさん
第3回私たちは望みを棄てない
第4回日本の国際貢献に軍事はどこまで必要か
第5回沖縄の歴史と憲法9条
第6回立ち止まって考えよう
-原子力の平和利用は可能なのか-

第7回この国の「犠牲のシステム」を問う
大分県弁護士会公開市民講座
超宗派仏教研修会
松居友さん 講演会
河野義行さん 講演会
1号 2号 3号 4号
5号 6号 7号 8号
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13号 14号 15号 16号
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33号 34号 35号 36号
37号 38号 39号 40号
41号 42号 43号 44号
45号 46号 47号 48号
49号 50号 51号 52号
     
発足2006年5月26日
アピール文
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

〒879-5102
由布市湯布院町川上3561
見成寺
TEL 0977-84-2257
FAX 0977-84-5203

年会費 3,000円
郵便振替口座
01720-1-111731
宗教者9条の会・大分
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2017.3.14 大分合同新聞 朝刊

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2017.3.7 大分合同新聞 朝刊

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2017.3.6 大分合同新聞 朝刊

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2017.3.3 大分合同新聞 夕刊

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2017.3.3 大分合同新聞 朝刊

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2017.3.3 大分合同新聞 朝刊

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2017.3.2 大分合同新聞 朝刊

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2017.2.28 大分合同新聞 朝刊

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2017.2.27大分合同新聞 夕刊

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2017.2.27大分合同新聞 夕刊

20170222朝刊
2017.2.22大分合同新聞朝刊

20170222夕刊

2017.2.22大分合同新聞夕刊

<日出生台演習場の歴史>

 日出生台は、江戸時代から交通の要衝だった。現在の演習場の真ん中あたりを日田から別府、大分への道路が走り、今宿、車谷、中須などの宿場を参勤交代の大名たちが利用した。

  旧日本軍に接収された明治32年当時、演習場内に約100戸の農家と150ヘクタールの田畑があったが、すべて演習場の外に立ち退かされ、以降演習場が拡大する度に、二度三度と立ち退き、移転を繰り返し、やむなく生まれ故郷を去った人も多い。

  昭和21年には占領軍が日出生台を接収、米軍が主体の駐留時代は「悪夢の時代」だったという。

 朝鮮戦争時期には16,000人の米兵と4,000人の韓国兵、700人の売春婦が常駐したという。沖縄と同じ被害の当時の状況を克明に覚えている高齢者もいる。

<米軍演習がなぜ?>

 1995年沖縄でおこった「少女暴行事件」を口実とし、.日米両政府は「沖縄の痛みを分散」の名目で、沖縄で行われていた県道封鎖して行っていた実弾射撃訓練を本土5カ所(北海道矢臼別・宮城県王城寺原・静岡県東富士・山梨県北富士・大分県日出生台)に演習移転を決定した。

 沖縄では県道越えの演習はなくなったが、県内でその他の演習が激化した。

 日出生台では、1999年2月から米海兵隊による実弾砲撃演習が強行されている。沖縄では行われなかった白リン弾などの訓練も行われている。 20177年2月27日〜3月8日に行われる訓練が12回目となる。

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1927(昭和2)年、山形県沢泉寺の長男として生まれ、跡継ぎとして厳しく育てられる。師範学校に進み1948(昭和23)年、21歳で同県山元村中学校に赴任。戦後の民主主義教育の実践として展開した「生活綴り方」は後に『山びこ学校』として出版され、全国で大きな反響を呼んだ。1954年に上京し、駒澤大学仏教学部に学び卒業後、私立明星学園教諭を経て、千葉県香取郡の福泉寺、大分県国東市の泉福寺住職を歴任。1964年からはTBSラジオ「全国こども電話相談室」の名物回答者として33年間出演した。第一回斎藤茂吉文化賞受賞(1955年)第三回正力松太郎賞受賞(1979年)カンボジア・シハヌーク国王から「国家再建勲一等功労賞」をいただく(2001年5月17日)写真は、季刊『道』189号(2016夏)インタビューより

 


http://sogakari.com/

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2016年1月31日大分合同新聞

大分合同新聞20151209夕刊
2015年12月9日 大分合同新聞夕刊

お話ばかりではなく音楽もあった方がよいとのことで、津久見樫の実少年少女合唱団に出演をお願いしてみたところ、快く引き受けてくださいました。
合唱団を指導されているのは浜野征子先生です。先生のお父様が出征された時に、お母様のお腹の中に自分がいた、そこで征子という名前を付けられたとのことでした。でもお父様は戦死をされました。
平和の尊さを誰よりも思っている征子先生が導く子どもたちの歌声に、聞く者たちの心は激しく揺さぶられるに違いありません。

2015年12月6日「ガチ取ろうえ!憲法9条にノーベル平和賞」で
津久見樫の実少年少女合唱団が演奏しました。

折り鶴

愛する人に歌わせないで

平和という果実

Believe ビリーブ

ふるさとのうた
荒城の月 扇子踊り

 

 

 

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2015年8月23日『毎日新聞』

大分県弁護士会緊急市民集会「集団的自衛権と安保法案の何が問題か?」 2015年09月05日(土)

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2015年6月17日『大分合同新聞』 夕刊 赤とんぼの会

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2015年6月16日 大分合同新聞



非戦の誓いを破る日

 非戦を誓った史上最高の平和憲法、憎悪の連鎖である戦争(テロ)から長く僕らを守ってきた日本国憲法第九条が、かつての空爆の地獄を忘れた、または頭でしか知らない世代の多数決によって今まさに葬られようとしている。他国の戦争に加担し、同盟と見做(ミナ)され、憎悪の連鎖に陥った反撃者に街を火の海にされる。

 戦争を知らぬ子孫を再び戦争に行かせず、敵国を作らないためには、今の時代に一票を持つ僕らが非戦の誓いを守り抜かなければいけない。沖縄を見よ。戦争体験者が次々に没し、戦争を直に知らない世代が来て、国から金を積まれても、戦争・戦場・基地を放棄する非戦・平和への強い意志に貫かれている。

 幼稚で愚かなプライドのために、憲法を改変し非戦の誓いを破棄せんと企む者たちがいる。好戦的な政治家とその政党の支持者たちだ。しかし支持者の多くは改憲に無自覚で、日銀の作為的な金融緩和に演出された偽の好景気に満悦させられて、非戦の誓いを破る政策までを一緒くたに支持してしまっている。

 例えば僕が好戦党の党首なら、どうやって九条を葬るだろう。まず国民の悲惨な戦争の記憶が消えるのを待つ。人は忘れる生き物。だから語り伝えを邪魔し、人を無知にする。次に、子供には他国より日本を愛せと教育する。世界の前に日本が大事。日本民族は優秀。そう国のエゴを刷り込む。最後は改憲の国民投票だ。投票権を20歳以上から18歳以上に引き下げ、より戦争を知らない票を取り込む。

 投票は政治家が操作できる。多数決とは喩えれば、18歳〜死までの限られた長さをもった「投票権の吊り橋」を渡るその時代の乗り合わせ者の中の瞬間多数を捉えて決議し、後にこの「日本」という橋に知らずに足を入れる新人たちの運命までを決めてしまう恐ろしい行為だ。

 戦争を知る多くの者が橋を渡り終えようとしている。後には陸続たる愛国少年の群れ。非戦と平和とが不可分であることを知る僕らの世代の眼が黒いうちは、九条の誓いは破らせまい。

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諏訪哲史の
「うたかたの日々」

「毎日夫人」
2015年5月号


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毎日新聞 2014年07月10日 東京夕刊

 平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう

  二〇一四年七月一日火曜日

集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる
しかし君に戦う理由などあるのか
国のため? 大義のため?
そんなもののために
君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか
若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争にむいてないからだ
世界史上類例のない
六十九年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの
平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ
平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争なんか真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩(けんか)もしたくない
たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ
卑怯者(ひきょうもの)? そうかもしれない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?
弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか
怖(おそ)れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ
この世に生まれ出た時
君は命の歓喜の産声をあげた
君の命よりも大切なものはない
生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない
だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう
泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!

毎日新聞 2014年07月10日 東京夕刊

毎日新聞 2014年07月10日 東京夕刊 掲載

集団的自衛権行使容認が閣議決定された7月1日、毎日新聞からの依頼により、なかにし礼さんが書いた詩の全文です。

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教科書に
書かれなかった戦争
新装増補版
Part22

文玉珠
ビルマ戦線楯師団の
「慰安婦」だった私

梨の木舎
2,160円

文 玉珠 (語り)
森川 万智子
(構成と解説・増補版解説)

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「報復の連鎖 断ち切って」 

「この悲しみが憎悪の連鎖となってはいけない」。

過激派「イスラム国」が後藤健二さ ん(47)を殺害したとする映像を流した後、母親の石堂順子さん(78)が読み上げたメッセー ジだ。13年前、米中枢同時テロで夫を失った 女性(杉山晴美さん)も同じような思いを抱いてきた。『大分合同新聞 夕刊』2015/2/4

 

 

 

私たちは何処に行こうとしているのか

田中伸尚さん講演会[後編]にゅーす45号

 

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大分合同新聞 2014/7/27
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『東京新聞』 2014/4/5 ショパンと治安部隊 にゅーす44号


20140412

asahilogo田中伸尚さんが講演 憲法や集団的自衛権を解説

宗教者9条の会・大分にゅーす 43号
文明の質が問われる時代 秋山豊寛講演会

 

 


放送を語る会


連絡先 放送を語る会

事務局長 小滝 一志
〒196-0015 東京都昭島市昭和町3-3-6
mail:kkotaki@h4.dion.ne.jp



 

2013年7月25日〜31日 ゆふわく2013

2012年10月1日 日豊教区会館
「基地問題と沖縄差別」 〜沖縄は今!?〜 真宗大谷派僧侶 知花昌一

 

平和のための戦争展in大分


講演「文明の質が問われる時代の憲法」

秋山豊寛さん プロフィール

(元宇宙飛行士、京都造形芸術大学教授)

8月3日(土)

開場3:30 開演14:00
会場 コンパルホール多目的ホール
平和のための戦争展
平和のうた (大分混声合唱団クールエスポワール)
俳句群読 (俳人九条の会・大分)(講演会場)


=パネル展示=

戦前の新聞報道

(国民はいかにして戦争に動員されたか)

原爆と人間展、大分の空襲など
展示市民ギャラリー(コンパルホール2F)

8月1日2日(木・金)
10:00〜17:00

3日(土)
10:00〜15:00
主催「平和のための戦争展

にゅーす41号

実行委員長挨拶

森川登美江

 再建されたばかりの日中友好協会大分支部の呼びかけによって、1994年から開始された"平和のための戦争展in大分"も、今年20周年を迎えました。

 この間には物故されたり、体調を崩されたりした実行委員さんもおられますが、私たちはその悲しみを乗り越え、新たな活力を加えながら20年間一度も休むことなく、平和を願って毎年戦争展を開催して参りました。

 今回は20周年記念イベントにふさわしく、日本人初の宇宙飛行士秋山豊寛氏を講師に迎え、今、最大の焦点である憲法問題をはじめ、宇宙のこと、農業のこと、東日本大震災のことなどを自在に語っていただきます。

 また湯布院、見成寺の日野詢城御住職様から貴重な戦前の新聞を多数借用して展示いたします。日本国民がいかにして戦争に動員されていったのかが、新聞報道を通して御理解いただけることと思います。

 どうぞ皆様お誘い合わせの上、多数ご来場下さい。

(大分大学名誉教授・日中友好協会大分支部長)



福島の子どもたちを「わくわく湯布院」ご招待

 2013年7月25日〜31日(6泊7日)

 募集人員30名(子ども21名・大人9名)

 船中2泊・見成寺4泊

 期間中様々な企画を…

※  実行委員会形式で実施、ご寄付カンパを

振り込み先(郵貯)

01950-2-33436 日野詢城


にゅーす40号
ゆふわく2012 「96条改定に反対し
憲法9条を守ろう」
宗教者共同声明への
ご賛同のお願い

賛同署名一覧

福島の子どもたちを

湯布院でおもいっきり!
夏休み招待



日出生台演習場
在沖縄米海兵隊
実弾射撃訓練

日出生台での日米共同訓練2012年 8月19−30日実施

2012年2月10日〜19日

2011年2月7日〜11日
2010年2月2日〜11日



高橋哲哉
犠牲のシステム福島・沖縄
3.11 が暴いた「戦後」の欺瞞
集英社新書・740 円+税

対談 高史明・高橋哲哉
いのちと責任』 
「私」の罪、人間の罪、国家の罪、大地への罪
(2 年間・4 回の対談を編集) 大月書店・2.000 円+税

日出生台に関わる詳しい情報は「日出生台から平和な暮らしを考える」 http://ameblo.jp/localnet/
をご覧下さい。

日出生台のニュース

自民憲法改正草案:憲法9条に国防軍 天皇は「元首」


放射能から子どもを守る会・日豊(福岡・大分)






『平和基金・通信』より・日野 1992年

PKO(国連平和維持活動協力)法案がごり押しの形で強行採決された。

 前回の通信の中で宮城先生が指摘された「平和という言葉のイメージの曖昧さ」が吟味されることのないまま、平和維持活動という名の海外派兵がなされることになってしまった。

 今回の決定は、国際貢献という名の派兵であろうが「すべての人が平等に相和して生活する」という本来の姿から遥かにかけ離れた方向にあることは間違いのないことのように思えてならない。

「人的貢献」ということが、そのまま自衛隊の海外派遣に結び付けられ、「平和維持活動」という美名が、国民ひとり一人の「問う姿勢」を麻痺させてしまったのだと思う。

 「この法案の議論の中に、自衛隊自身の身分・つまり本人の意志の確認もないまま派兵を余儀なくされるという暴挙が、この法案の底にある問題だ」と指摘されたのは和田先生である。

 隊員に対する人権意識の欠如はそのまま派遣される国々の人々への人権意識の欠如につながるのだと思う。「かっての戦争で招集された時でも、それなりの私の選びがあった。その選択の余地すらないこの法案の議論は一体なんなのだ」という強い疑念を示されたが、このことも私共が常に考え続けて行かねばならないことなのかと思います。

 「平和基金」の活動を始めて一年余り、湾岸戦争を引金に、日本は大きく変わって行こうとしているのだと思います。 日本にいればその変化は小さいものに見えるのかもわかりませんが、アジアの人々にとっては「平和憲法」そのものの崩壊を意味する戦後最大の政治選択だと写るのだと思います。そして“それは危惧だ”と誰が言い切れるのかということであります。 

 これまでに寄せられた“浄財”をカンボジアに送ることには多少のためらいもありましたが、「地雷を撤去するなら現地の人の手で」という提言も全く無視し、PKO採決の議論のみが推し進められる中、《派兵することではない・今こそ国民ひとり一人が、直接にアジアの人と向かい合うべきだ》の意味を込め、ボランティア活動を続けるNGO(非政府組織)に二百万円を拠出させて頂きました。

(新聞のコピー参照下さい。)

 ご意見を頂戴すると共に、今後ともご支援ご協力を賜りますよう切にお願い申し上げご報告と致します。



 憲法九条は20世紀に起こった世界大戦の幾千万の戦争犠牲者の祈りでもありましょう。

「宗教者9条の会・大分」が立ち上げられて1年余りの時が経ちます。その間に、無着成恭さんダクラス・ラミスさん、そして高橋哲哉さんの講演会と、9回の交流学習会を催し、多くの宗教者と、過去の歴史の中で宗教者がどういう過ちを犯し、時代社会の中でどういう役割を果たしてきたのかを話し合いました。難しい議論はさしおいて「再び過ちは犯しません」と言いたいからです。

学校教育で個人レベルまで政治が関与することになったのは、2004年の『心のノート』からです。その時から今年の教育基本法の改正まであっという間の出来事でした。哲学者である高橋さんはその狭間に『前夜』という季刊誌を立ち上げ、「この国に新しい国家主義が台頭しつつあること」に警鐘を鳴らしています。

20年ほども前のことでしょうか。和田稠という先生が「今の情況は、ワイマール憲法下のドイツの情況によく似ている」と言われたことがあります。自由と平等が約束されたはずの憲法下で、ドイツ国民は熱狂的にナチス党(国民社会主義ドイツ労働者党)を支持し、疑う間もないまま恐怖政治の代表とされるヒットラーを迎えたのです。

何より怖いのは、時々とまどい、時には呆れ、不安を感じながらも、そのつど「流れ」に身を任すことに慣れてしまうことだと思います。いつも戦争ばかりやっているアメリカは、最も多くの反戦運動がある国でもあります。その一点が日本とアメリカは大きく違います。今、私はそう思います。やり過ごしてしまうことが一番怖いのだと。

真宗大谷派『同朋新聞』原稿より  日野 詢城
アレン・ネルソン ダウン・バイ・ザ・リバーサイド